桂久武(西郷どん)の性格や子孫、結婚相手はどんな人で最後のネタバレは?

こんにちは。

新しい年が始まると同時に大河ドラマも新しいものが始まりますね。

2018年は西郷隆盛についてのドラマ「西郷どん(せごどん)」がスタートします。

薩摩藩をはじめとした西郷どんに登場する歴史上の人物の中に、桂久武という人物がいます。

ドラマでは井戸田潤さんが演じるこの人物は、無名ながらも西郷隆盛を生涯支えた友人として大切な人物です。

今回はこの桂久武についてまとめてみました。

出典:http://www6.nhk.or.jp/nhkpr/post/original.html?i=11849

<目次>

  1. 桂久武はどんな人物?
  2. 桂久武の性格は?
  3. 桂久武の結婚相手や子孫は?

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桂久武はどんな人物?

井戸田潤さん演じる桂久武は、1830年に日置島津当主である島津久風の五男として生まれました。

後に薩摩藩の主席家老になる島津忠義や赤山靱負(あかやまゆきえ)を兄に持った人物です。

兄弟なのに苗字が違うのは、家名存続のために江戸時代には兄弟の弟たちを分家などに養子に出すことが武士の間ではよく行われていたためです。

桂久武が31歳のとき薩摩藩では「お由羅騒動」というお家騒動が起き、その騒動の中心人物であった赤山靱負は切腹、桂久武は奄美大島に左遷されます。

その左遷先である奄美大島で、名前を改名させられ遠島されていた西郷隆盛と出会ったのです。

その後は奄美大島の桂久武と遠島で島を転々としていた西郷隆盛は手紙のやり取りをしていたと言います。

その後家老に昇格した桂久武は、薩摩藩の西郷隆盛と長州藩の木戸孝允が結んだ薩長同盟に同席しています。

桂久武は明治維新後には鹿児島藩の大参事という現在でいう副知事になり、その後は現在の京都や兵庫北部に当たる地域にあった豊岡県の県知事に当たる権令になるように辞令を受けたものの病を理由に断り薩摩に帰ってきました。

その後、明治10年に西南戦争が勃発しましたが桂久武はこの戦争に当初は反対していたそうです。

しかし最終的には戦いに参加し、戦いの場で流れ弾に当たってその生涯を終えています。

桂久武の性格は?

桂久武は奄美大島に左遷された時は警備や鉱山の管理を任されており、明治維新後に薩摩に帰ってきた時には左遷時の経験を生かして霧島の開拓に尽力していました。

この霧島の開発は、時代の移り変わりとともに武士という職がなくなると考えた桂久武が薩摩の士族たちに仕事を与えようと考えたためだそうです。

また西南戦争に反対していた桂久武ですが、出陣前夜に西郷隆盛が桂久武の元に訪れ深夜まで二人で語った時に心を動かされたため参加を決めたというエピソードもあります。

他にも奄美大島への左遷から帰郷した桂久武は、入れ違いで奄美大島に赴任してしまった西郷隆盛の妻や息子の面倒をみたと言います。

このように桂久武の人生の節々で、薩摩に住む人々や友人である西郷隆盛を心から大切に思う人情に厚い人物であるのだなと感じることができます。

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桂久武の結婚相手や子孫は?

桂久武の結婚相手や妻について調べてみましたが、詳しい情報を見つけることができませんでした。

しかし桂久暠という長子が存在し、桂久武と同じく西南戦争で戦死しています。

西南戦争が起こったのは今から140年前ですし、公になっていないだけで現在まで桂久武の子孫は生きているのではないでしょうか。

以上、西郷隆盛の生涯の友人となった桂久武についてまとめました。

大河ドラマでは西郷隆盛の幼少期からおそらく西南戦争で戦死するまでのエピソードが放送されるのではないかなと思うので、井戸田潤さんが演じる桂久武がどのように登場し活躍するか注目したいですね。

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