脇阪寿一は現在レーサーを引退して吉本所属の監督で愛車の値段がヤバい!!キスマイBUSAIKU

おはようございます こんにちは こんばんは

今回はキスマイブサイクの次回予告で出演が確定している

元レーサー脇阪寿一さんをご紹介します!

激ムズ駐車に伝説のレーサーとして挑むとのこと

20年以上の経歴を誇るレースドライバーのドラテクをしかと見よという内容ですね

しかしまぁ残念ながら私の様にあまりレースに詳しくない方は彼がどんな人物かすらも知りません

なので今回調べてきました

みなさんも私と一緒に見ていきましょう!

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脇阪 寿一 わきさか じゅいち

右は服装からして現役時代でしょうか

なんか本田圭佑に似てますね

プロフィールはこんな感じ

プロフィール

現在44歳

身長:177cm

体重:63kg

血液型:AB型

弟さんは、同じレーシングドライバーの脇阪薫一さん

奥さん、もとい妻は、元レースクイーンの福沢美穂さん

こういうスポーツとかは大概、事故の時のために血液型がはっきりしているみたいですね

工事とか解体業者あたりのヘルメットにもたまに血液型が書いてあるのと同じ理屈です

車のクラッシュ動画とか「やばいなぁ」としか感想が出てこないだけどアレ運転席に乗ってるドライバーはえらいことになってますからね

さて、番組予告では経歴の世界最高峰レースSUPER GTで3連覇と紹介されていましたが

・・・・3連覇してなくね??

いや、経歴見ながら書いているんですが

全日本GT選手権・SUPER GT

の経歴見てても連覇は2回までその他は現役の1998~2015の間であと一歩を逃してるんですよ

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1998年

1位でチェッカーを受け表彰台に上がるが、数時間後にエアリストリクターの違反により失格の裁定

1999年

この年よりフル参戦を開始した。自身のJGTC初優勝

2000年

優勝は第2戦 富士の1回に終わった。トラブルや不運などが続き、チャンピオンを逃す

2001年

第2戦 富士、スペシャルラウンドで開催されたセパンサーキットで優勝を果たした。

2002年

第3戦 SUGOで優勝。優勝はこの1勝にとどまったが、堅実にポイントを稼ぎ、3勝したMobil1 NSXを1ポイント差で破り、シリーズチャンピオンを獲得

2003年

シリーズ連覇を目指してシーズンを戦い、最終戦で失速、開幕戦から確実にポイントを重ねていたザナヴィニスモGT-R(本山哲/ミハエル・クルム)にポイントで逆転され、3ポイント差でチャンピオンを逃す

2004年

最終戦までチャンピオン争いを展開したが、不運やトラブルなどでポイントを取りこぼすレースも多く、2年連続でチャンピオンを逃す

2005年

鈴鹿で3位表彰台を獲得

2006年

開幕戦 鈴鹿においてSC430のデビューウィンを勝ち取り、脇阪にとっても2003年SUGO以来3年ぶりの優勝となった。その後、優勝はないものの、第3戦 富士での3位、第7戦 もてぎでの2位など、全戦で確実にポイントを獲得し、RAYBRIG NSXを1点差で下し、脇阪自身2002年以来のシリーズチャンピオンを獲得した。

2007年

第6戦 鈴鹿1000kmにおいて優勝を飾るも、シーズンを通じてNSX勢が独走しチャンピオンシップを支配したことから、チャンピオン獲得はならなかった。

2008年

開幕戦 鈴鹿で3位表彰台を獲得し、第2戦 岡山で4位、第3戦 富士で2位表彰台と堅実にポイントを稼いだ。最終的にはシリーズ3位となった。

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2009年

第2戦 鈴鹿、第3戦 富士と2回連続で2位を獲得した。さらに、第8戦 オートポリスでは2007年第6戦 鈴鹿1000km以来の優勝を飾り、1位のMOTUL AUTECH GT-Rと5ポイント差に迫り、最終戦 もてぎで2位を獲得し、タイヤのバーストでノーポイントに終わったMOTUL AUTECH GT-Rを下し、シリーズチャンピオンに輝いた。

2010年

昨年同様の体制で参戦。ロッテラーとはこの年まで5年間コンビを組んだことによって、JGTC・SUPER GT歴代の長年コンビのトップタイと並び(今までは長谷見昌弘・田中哲也組と竹内浩典・立川祐路組が歴代トップ)、日本人・外国人コンビでは歴代トップとなった。第2・3戦で表彰台を獲得し、最終戦で優勝を遂げたが、5ポイント差でチャンピオンを逃しシリーズ2位となった。

2011年

5年間在籍したトムスからクラフトへ移籍し、新パートナーのアンドレ・クートと共にD’STATION KeePer SC430で参戦した。シーズンを通して苦戦

最上位は7位、シリーズ14位

2012年

2011年を経てレクサス名門チームサードへ移籍。新パートナーとして石浦宏明と共にDENSO KOBELCO SC430で参戦した。近年ブリヂストンタイヤの開発も兼ねていた事から、ミシュランタイヤを装着するチームでの移籍でもあり、チームへの移籍は国内レース業界では電撃移籍となった。タイヤ定評も高い経験もありブリヂストン同様、ミシュラン側からも評価が高く、第2戦富士スピードウェイにて優勝。その後シリーズとしてポイント獲得を続けシリーズ3位となった。

2013年

引き続きレクサス チーム サードにて参戦。

2014年

前年度に所属していたサードを離脱し、新パートナーとなる関口雄飛と共にLEXUS TEAM WedsSportBANDOHに移籍。新規定に合致したWedsSport ADVAN RC Fで参戦した。

シーズン序盤は、車体のデリバリーが遅かったことやタイヤの性能から苦戦が続いたものの、終盤以降は上位に進出するなど復調を果たした。

2015年

前年と同じく関口雄飛と共にLEXUS TEAM WedsSport BANDOHから参戦する。

後にオートスポーツにて本人が語ったように相当苦しんだシーズンだった模様。ただ、第3戦のタイラウンド以降は他チームの選手らと積極的に交流することで復活の切っ掛けをつかむ。その後は調子も上向きレースでも安定感を見せるようになる。シーズンでは表彰台を獲得することそこできなかったが全レースポイントを獲得した。ツインリンクもてぎで行われた最終戦ではファステストラップを記録した。

脇阪寿一は現在レーサーを引退

これ以降は監督して活動、実に17年の現役レーサーとしての活躍だったわけですね

もしかして3連覇ってのはレース内のことで総合優勝のことではない?

流石に今までの全てのレースを見る気にはなれないなぁ・・・

何時間かかるかもわからんし( ˘ω˘ )

あと世界って書いてあるだけにちゃんと国外の方も参戦してますね

で次の項目は何故お笑い芸人ですらないのに芸能所属事務所である吉本興業に所属しているのか

その理由を見ていくのと尋常じゃないほどのお金を車にかける彼についてもしっていきましょう

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